JSAMマレーシア日本人学生会

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イスラム教の本質!?

言うまでもなくマレーシアはイスラム教が国教である。しかし、必ずしも国教が国のベースになるとは限らない。ここが世界的に見ても面白いマレーシアの特徴である。

複雑な歴史を背景に現在の多民族国家が形成され、お互いを尊重し共生するために、各々の宗教観をも認め合ってきた。神道、仏教等、少なからず宗教はあるものの、日本という国柄、筆者も含め、宗教に対してまだまだ理解が浅かったり、偏見を持ったりしがちな日本人には、「共生することの難しさ」は少し理解しがたいのではないかと思う。事実、今現在も世界のどこかで規模に関わらず紛争は起きており、宗教や文化の違いもそれを引き起こす主な原因の一つだろう。

 

さて、ではどのようにして、現在のマレーシアが形作られてきたのだろうか。今回はイスラム教徒に焦点を当てて考えてみたい。筆者の留学前のイスラム教に対するイメージは、豚肉を食べない、お酒は飲まない、女性は肌を隠すといった、初期テンプレートのような状態であった。しかし、マレーシアに来てそろそろ2年。いざ蓋を開けてみれば、「お酒飲んでんじゃん」、「服の面積狭くね?」なんてことばかりである。もちろん、筆者のイメージは全て”正しかった”のだが、本質は別にあるようだった。彼らに言わせてみると、人それぞれにそれぞれの信念があるらしく、人の数だけ信仰も違うようだ。もちろん、基本はイスラム教の聖書クルアーンにのっとっているものの、主に生まれ育った家庭の影響を強く受けているように見受けられる。ある友人は、幼いころから当たり前のように露出の少ない格好で生活してきたのに対し、別の友人はイスラムの学校で制服として露出を控えさせられてきたが、卒業と同時にヒジャブも卒業したらしい。ここで決して勘違いしてほしくないのが、「テキトー」や「気分」なのではなく、「柔軟」であるということ。各々がそれぞれの方法で信仰している。

 

ここからは筆者個人の見解であるが、そもそも宗教とは人生に対する考え方であるためやはり主観的であり、聖書という大本はあるものの、人それぞれに違った見解があるのではないだろうか。このような寛容的な姿勢がお互いに干渉させず、衝突が起こらない理由になってくるのかもしれない。それと同時に、彼らの友好的な性格もこういうところに起因するのではと考えさせられる。

まだまだ勉強の余地は大いにありそうだ。

 

※当記事は筆者の経験に基づいた暫定的な見解です。


YUKI